谷戸は小さな宇宙そして桃源郷 カ ワ セ ミ だ よ り 創刊号 1996年3月16日発行 奈良川源流域を守る会 nara@interlink.or.jp ---------------------------------------------------------------------------- 子や孫の歓声がひびくような谷戸を残したい。 ========================================== 会長挨拶 野川喜一  奈良川源流域は、私のふるさとです。  昔は、今の工学部の校舎の下にボコボコときれいな泉が湧き、そこから田が広がっ ていました。本山池は底の底まで澄んでいて、ゼニタナゴがたくさん泳ぎ、ピンクの スイレンの花が一面に咲きました。  子供たちは、夏中池で泳いだり魚釣りをしました。スイレンをかきわけ泳ぐと花の 香りがいっぱいでした。また冬は、氷の上でこまをまわし、スケートに興じました。  里山にはナラやクヌギの林があり、部落の皆が下草を刈り、その木を炭に焼いてい ました。ウサギやキツネ、テン、イタチなどがいて自然と人間が共存して暮らす場所 でした。  奈良地区も近年開発によって、その姿がすっかり変わってしまい、谷戸光景も少な くなっています。次々つぶされていく谷戸を見、えさ場を失っていく生き物を思うと 残念でなりません。  私は小さいときから生き物が大好きでした。ホタルやゼニタナゴや鳥たちを守るた めに、今も昔ながらの無農薬農業を続けています。  小学生の頃、学校帰りに稲穂をしごいてぱっと川に浮かべ、餌と間違えて寄ってく る魚の数で、どこで釣ろうか目星をつけておいて、家に帰りカバンをおくと妹を背中 に背負って子守しながらも、魚釣りに行ったものです。 背中に背負って子守しながらも、魚釣りに行ったものです。  私は、谷戸で夢中になって遊んだ、あの楽しさを、今の子供たちのために取り戻し てやりたいのです。自然の中で遊ぶほど、楽しいことはありません。  毎年この谷戸に散歩に来る人が増えています。皆で力をあわせ、この谷戸を保全、 復元していきましょう。 会長プロフィール ----------------  土橋谷戸の本山池の下に住む。代々の農家で、無農薬農業でがんばっている。小さ い頃からの根っからの自然愛好家。谷戸の動植物、特に野鳥にくわしく長年その保護 に力を傾けている。ホタル、ゼニタナゴなどを、市や県と協力して守り続けている。 谷戸の生き字引。 ---------------------------------------------------------------------------- 「奈良川源流域を守る会」発会によせて ==================================== 玉川大学農学部生物学研究室 松香光夫  「カワセミだより」良い名前ですね。私が加わっている「町田市の自然を考える市 民の会」でカワセミの調査をしようということになっています。この会は鶴見川にこ だわりがあるのですが、考えてみれば(いや考えるまでもなく)玉川学園ともつながっ ている奈良川だって鶴見川なのですよね。それに気がついて、ますます身近な感じが しています。この地域の自然に目を向けて地道な活動をしてゆくという考えにご一緒 させていただきたいと思います。どうぞよろしく。 玉川大学農学部講師 田淵俊人  私が学生の頃、一週間に二回、学園内とその周辺地域の野鳥をすべて記録して歩く 観察会がありました。過去三十年の間に約百三十種の野鳥が記録され、学園内は野鳥 の宝庫であると驚いたものでした。しかし、この記録は実は学園の隣接地域、特に谷 戸に生息する鳥類を含んでいることを忘れてはなりません。学園内に生息する多くの 鳥は、餌を隣接する地域にて調達していることがわかったからです。今後は野鳥の出 現動向について、谷戸をはじめとする地域ととのかかわりという観点から、末永く見 守っていきたいと思います。 JAI日本水生昆虫研究所代表 大さき明彦  たんぼを見つけるとその水の中をつい覗いてしまうのは幼い頃からの習性のようで す。子供たちの多くは生きものを見たり触れたりすることが好きなものですが、たん ぼは水遊び泥遊びそして昆虫採集や観察など彼らの純粋な欲求を満足させるに十分な ものでした。ご厚意により借用できたたんぼが野鳥の貴重な餌場として利用されるだ けでなく、抑圧され続ける水場を生活圏とする他の多くの生きものの大切な生活の場 になることを心から願っています。 ---------------------------------------------------------------------------- 奈良川源流域を守る会の発足を祝って ================================== (財)日本野鳥の会常務理事 市田則孝  七〇年代、わが国の自然保護運動は大規模な開発から尾瀬の湿原や北海道の大雪山 など原生的な自然を守れと大きな盛り上がりを見せた。日本の自然保護行政は、そん な市民の声を受けてはじめて本格的な歩みを始めたと言えるのである。  自然や環境を大切にする世論が高まり、環境政策も進展をみせている。しかし、そ んな中で人々が気づいたのは、原生地区の保護と住宅地区の緑化の間にあって見過ご されてきた里山の荒廃であった。栗ひろいの雑木林、ベニシジミが舞い、さらさらと 流れていた春の小川、どこにでもあったあたりまえの自然が最も危機に瀕していたの である。  全国各地の保護団体がこの問題を取り上げ、里山の保全は現在の自然保護の重点課 題となっている。  横浜市の奈良町でわずかに残っていた「土橋谷戸」「西谷戸」を守ろうと地元有志 が集まって奈良川源流域を守る会がうぶ声をあげた。ここは東京近郊の里山の中でも、 猛禽類のチョウゲンボウが数つがいも繁殖するなど特に注目すべきところでもある。 その上、とかく意見のすれ違いやすい農業者と保護関係者が協力して活動をしている のもユニークな点である。  奈良川源流域を守る会の発足をこころからお祝いするとともに、野川喜一会長のも とでの活動が全国の里山保全の良き事例となるように期待してやまない。 ---------------------------------------------------------------------------- 奈良川源流域を人と自然の共生の場に ================================== 神秘の本山池 ------------  奈良川の源流の水源には、玉川大学の敷地内ではありますが、水鳥の飛来する本山 池という古い静かな池があります。この池は澄みわたり、ゼニタナゴがたくさん泳い でいたそうです。池の改修工事で激減してしまったゼニタナゴ(環境庁指定の希少種) は野川喜一会長が献身的に保護しているところです。一日も早くゼニタナゴが、増え 池や川で見られることを願っています。 チョウゲンボウ十羽 谷戸の空に舞う ----------------------------------  奈良川源流域には土橋谷戸とそれに続く西谷戸があります。玉川大学のうっそうと した森とそれに続く谷戸をえさ場として、五つがい十羽のチョウゲンボウ(ハヤブサ科 の猛禽類)が営巣しています。日本野鳥の会の田淵俊人さんによれば、春にはメスを 争ってオス同士が空中戦をする姿も見られるということです。  冬になるとハヤブサやカワセミも飛来し、多くの小鳥も飛び交い、さながら、野鳥 のサンクチュアリとなっています。 横浜市のタウンリバー構想の拠点地 --------------------------------  横浜市は一九九五年七月に、街と一体になった魅力ある川づくりを目指すタウンリ バー構想の中で、この谷戸を自然回復・保全の拠点地に指定し、周辺樹林・農地の保 全の必要性をうたっています。 このままが自然公園です ----------------------  生態系の頂点に立つ猛禽類が住み着いているのは、この谷戸の自然がいかに豊かで あるかを物語っています。この豊かな生態系は微妙なバランスの上になり立っていて、 一度壊したら取り戻すことはできません。夏には多くの市民がヘイケボタルを見にき ます。森には狸もいたちもいます。しかし、この西谷戸を市は残土で埋め開発しよう としています。 谷戸を自然と人の共生の場に --------------------------  そこで、この谷戸を愛する住民が集まって、谷戸の自然を保護・復元・再生するた めの会を作ることにしました。  この谷戸は農家にとっては生活の場であると同時に仕事の場でもあります。標本的 に残すのではなく、現に農業を営んでいる方にはそのまま続けてもらい、市がほぼ買 収した西谷戸の一部では、農家の技術を教えていただいて市民が畑や田を作れたらと 思います。その田畑では、子供たちやお年寄り、障害者もみんなと共に作業に参加し たり、見学したりして、楽しみながら交流できるようにしたいと思っています。 よみがえれ 緑の谷戸 美しい水辺 ------------------------------  横浜市では奈良川源流域の「小川アメニティ事業」を計画しています。私たちは、 ホタルやゼニタナゴの生息する昔どおりの豊かな小川の復元を望んでいます。 行政に協力して谷戸をよみがえらせ、全体としては、雑木林に囲まれた池のある湿生 公園と市民農園にしたいと考えています。  子供たちには、いくら入っても叱られない、魚釣りやざりがに釣りのできる池を確 保してあげたいのです。この谷戸の水辺に、終日子供たちの歓声の響くのを夢見て活 動していくつもりです。  豊かな自然がなくては、決して私たちの暮らしは豊かになりません。自然を愛する 人の共生の場として、この谷戸を生かすプランを立てていきたいと思っています。 ---------------------------------------------------------------------------- 舞岡からの応援 ==============  谷戸に市民田んぼを作り続け、行政と協力して里山をよみがえらせた大先輩「舞岡 公園を育む会」小林哲子さんにメッセージをいただきました。 米一粒から ----------  八十八回手間暇掛けて作るところから、「米」の字になったと言う。  種蒔きから口に入るまで、地質学や生態学、さらには気象学や工学等まで、幅広い 知識(「百姓」の字の由来でもあるらしい)と、それ等を有効に活かす技の、総合的組 み合わせの一年で、やっと一粒のご飯になる。  しかし昨今は、自然からの恵みで生きていることを忘れ、お金と物に頼り切っては、 やれ干ばつだ冷害だと右往左往してしまう。  遠い遠い昔のご先祖様達も きっと同じ場所で、鍬や鎌をふるっていたであろう谷戸 の田んぼや雑木林は、多種多様の命を育み、そこには小さな大自然が息づいている。  谷戸の風は、世代や男女あらゆる垣根を、さりげなく取り払い、人はそこに、様々 な出会いと優しさを発見する。  私は、大都会横浜で、物言わぬ自然に育まれ、田んぼ通いの幸せに、十三年も浸り きっています。 舞岡公園を育む会 小林哲子 ---------------------------------------------------------------------------- 野川喜一農業実践講座(一) 谷戸田の米作り ==============  谷戸の田んぼは、狭く、形も深さもまちまちで仕事がしにくくて大変です。無農薬 のため田作りは草との闘いでもあります。まず、米作りの年間スケジュールからお教 えしましょう。  先祖代々受け継いだ細部の技術は田んぼでそのつど伝授します。 [スケジュール表(PlainText版では省略)] ---------------------------------------------------------------------------- 奈良川源流域に関連する環境保護運動の推移 ======================================== 一九八六 「横浜市環境管理計画 環境プラン21」 市公害対策局環境管理室 「河川源流域については、自然環境を保全してホタル等の住む水辺を確保する。 魚の住むきれいな川や池をとりもどすための諸施策を推進する」 一九八七 「ふるさとの川モデル事業」 建設省 一九八九 「ふるさといきものの里」 環境庁 一九九〇 「多自然型川づくり」 建設省 河川局 「河川が本来持っている生物の良好な生育環境に配慮し、あわせて自然景観を 保全または創出する事業」 一九九〇・一一 地方の建設局や都道府県の土木部長宛に、『「多自然型川づくり」の推進について』 という通達 一九九三・五・一四 生物多様性条約(国際条約)批准(日本) 一九九三・九月末 生物多様性条約(国際条約)条約発効 一九九三・一一・一二 環境基本法成立 一九九五・七・二四 「鶴見川タウンリバー構想」 横浜市企画局 土橋谷戸「奈良町小川アメニティ」を自然とのふれあい拠点として活用、周辺 樹林・農地の保全を検討する。  奈良川源流域は市街化調整区域として、長年、国の方針によって市が守ってきたと ころです。  人間にとっての自然環境の重要性を見直し、保全しようという運動はドイツなどで は早くから始められ、今では保全から、さらに巨費を投じてすでに開発されてしまっ たところを再生するまでになっています。  日本では環境庁が里山の保全に乗り出しました。いかに「農」が日本的自然の景観 と生き物の多様性を守ってきたかが注目されつつあるからだと思います。  開発によって身近な自然が一つひとつ消えていくなかで、ますます、わたしたちの 心のなかでは自然を求める気持ちが強くなっていくように思われます。 ---------------------------------------------------------------------------- 【主な活動計画】 一、自然環境の保全、再生、創造のための活動 ────ホタル、ゼニタナゴ、チョウゲンボウなどの保護。源流域の生態系の 調査。トンボ池づくり、奈良川の復元、生物多様性の復元をめざします。 二、自然に親しむための活動 ────バードウォッチング、植物・昆虫の観察会、お花見会など、楽しくや っていきたいと思います。 三、住民の交流を促進するための 活動 ────幼児や高齢者、身体、知的障害者、ボランティアの人たちもともに交 流できる市民農園などの場を確保したいと思います。 四、環境教育のための活動 ────玉川大学、奈良小学校、幼稚園、保育園などの教育機関の連携を図 り、野外で指導し、また指導されることで環境の大切さを知ってもらいたいと 思います。 五、農家の指導する農業体験 ────野川喜一会長の指導で、田んぼでお米をつくります。秋には収穫祭も あります。うまくいけばですが。 六、谷戸で暮らし、谷戸の自然を守ってきた野川喜一会長の話を聞き、記録する会 の開催 ────毎月二回、約二時間を予定しています。ご希望の方は事務局までご連 絡ください。 一九九六年度活動予定 -------------------- ◆毎月第二、第四土曜日は野川喜一会長の話を聞く会 ◆毎月第三土曜日は自然観察会、講師の講演があります。  四月 舞岡公園お花見会  五月 谷戸山公園見学会  六月 田植え  七月 ホタルを見る会  八月 桶川のトンボ公園見学会  九月 お月見会  十月 稲刈り 十一月 脱穀、収穫祭 十二月 もちつき大会  一月 どんど焼き  二月 谷戸のデザインの研究会  三月 薬師池公園梅見会 ---------------------------------------------------------------------------- 「奈良川源流域を守る会」発会式のお知らせ ---------------------------------------- 日時 三月二三日(土曜日)午前十時 場所 奈良上自治会館 (西谷戸の田んぼのふちの中ほどの道沿いにあります) 式次第 一、会長あいさつ  野川喜一 二、来賓あいさつ  松香光夫氏 (玉川大学農学部教授)  田淵俊人氏 (玉川大学農学部講師)  小林哲子氏 (「舞岡公園を育む会」企画委員代表)  大さき明彦氏 (「日本水生昆虫研究所」代表)  市田則孝氏 (「日本野鳥の会」常務理事) 三、活動スケジュール発表  式後、バードウォッチング(途中、会で借りた田んぼの田おこしの見学があります)  田淵先生と玉川大学の学生さんが指導してくださる予定です。双眼鏡などをお持ち の方はご持参の上、ぜひご参加ください。 ---------------------------------------------------------------------------- 入会案内(入会随時) ------------------ ▼会費:個人・家族とも年間千円 ▼会員の方には、会報「カワセミだより」をお送りして定例会のお知らせをするほか、 随時催し物のご案内をいたします。 ▼連絡先 事務局(nara@interlink.or.jp) ----------------------------------------------------------------------------